『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』のエディトリァルは、浮遊粒子状物質を中心とした現在の大気汚染が気管支瑞息の発症あるいは重篤化に関連しているとする多数の報告を紹介し、フィールド・ワークがしばしば基礎医学的研究にはるかに先行することを強調している。
外因による病気の基礎医学的研究は、本来、むずかしい問題を抱えている。
医学研究の本分はミクロコスモスとしてのヒトそのものに迫ることであるとして、外因性物質による病気の究明は数段劣ると考えられがちである。
Kが結核菌を発見した一八八○年代から抗生物質がぞくぞくと出現した一九四○年代までは外因により起こる病気の究明が栄えた希な時代の一つである。
一八四○年代、Z氏は、W大学で産樗熱に関する画期的な疫学的仕事をしたが、単純明快な仕事そのものが評価されるのにさえ二○年の月日を要した。
現在、ヒトのゲノム計画、すなわち、ヒトのDNA塩基数約三○億をすべて解読するこころみが進行中である。
このこころみも昔からの医学研究の本流に乗ったものといえよう。
アレルギー学のうちでも、アレルゲン学はとくに外因に重心がかかった分野として、今のところ、患者の数をはじめとする臨床的重要性の割には、軽視されている感は否めない。
いわんや、アレルゲンの働きを強めるかもしれない物質の研究においておや、である。
しかし、ヒトは「ヒトとヒト以外のもの」によってひとかどのヒトにもなり病気にもなる。
アレルゲンそのものやアレルゲンの働きを強めるものの研究には、下記のような幾多の困難が内在しているが、ミクロコスモスとしてのヒトの研究と並行して、この分野の研究もなされるべきである。
特異的IGE抗体産生に対する微粒子の充進作用のように何段階かの生物過程をへるものでは、その作用の確認までに、最小、月単位の時間がかかる。
日ごろわれわれが吸入する程度の量の微粒子を実験材料とする場合には、気道の線毛やマクロファージに対する直接作用の確認にしてもしかりである。
それでは、じっくり時間をかければ、段階的に解決が可能かというと、そうでもない。
時間以外にもさまざまな困難がある。
アレルギー性疾患の増加と現在の大気汚染との関連で、浮遊粒子状物質は世界的に注目されるようになったが、アレルゲンの作用を増強する方向へ修飾する機序の解明はむずかしい。
その原因に、浮遊粒子状物質そのものが不確定物質群であることが挙げられる。
たとえば、行政や産業の方向で、その成分が変化することである。
一九八○年代前半に、積雪寒冷地において、冬季間にスパイクタイヤ使用の自動車が増加し、舗装の摩耗等による粉塵の増加が健康上、大きな問題になった。
仙台市道路粉塵健康影響調査専門委員会が、眼科医、耳鼻科医に行った三つの年度(一九八一、一九八二一、一九八四)にわたるアンケー卜調査で、どの年度にせよ、この期間に当該医療機関を訪れた患者の一○%以上に見られた症状は、「めやにが出る」「鼻がむずむずする」「鼻みずがたくさん出る」「せきが何回か続けて出る」「たんが出る」「かぜをひいている」などであった。
これらの症状がアレルギー性のものであるか否かの検討がなされないうちに、スパイクタイヤの装着禁止という行政的手法がとられ、降下ぱいじん量(おそらくは浮遊粒子状物質量も)は激減し、症状のピークは、降下ぱいじん量に並行した二月から、全国的に多発するようになったスギ花粉症の三月へと移行した。
行政的な成功と、アレルギー学的な実りとは、必ずしも両立しない例である。
五酸化バナジウムは、それを扱うヒトに気管支瑞息を発症させることで知られた物質であるが、バナジウムはレアメタルとして工業的に有用な物質である。
これを、タールから取り出す努力が払われている。
この成功の度合によって、浮遊粒子状物質中のバナジウム含量も変化する可能性が高い。
浮遊粒子状物質は、その定義からしても、なかなか大地や海に沈降しない。
先のK・K医師が、日光市内の一般的花粉飛散地区と、スギ植生が多く自動車公害のない小来川地区の学童について、一九八一年と一九九○年に調査を行った結果でも、前述の「スイス現象」がわが国でも起こりつつあることを示している。
すなわち、同年度に限定すると、スギ花粉飛散数が多い小来川地区の学童の方が、日光市内の学童に比較して、アレルギー症状保有率も、特異的抗体の保有率も低いことを見ているが、一九九○年の小来川地区の学童の症状あるいは特異抗体保有率の方が、一九八一年度の日光市内の学童のそれよりは高いことが注目される。
これまでの疫学的研究で、アレルゲン、アレルギー症状、重量で測定した浮遊粒子状物質量の三者をきちんとかみ合わせた仕事は少ない。
いわんや、浮遊粒子状物質の内容にまで立ち入った仕事はないが、これからは、それらのかみあわせだけでは不充分かもしれない。
よほど特異な「ある場所」を選ばないと、アレルゲンと大気汚染物質とを含む「空気」と「アレルギー性疾患の発症」との関係を示しえない時代にさしかかっているといえよう。
スギは、裸子植物門、球果植物綱、マツ目、スギ科、スギ属に属し、一属一種という特殊な植物である。
林業上の品種名として、アキタスギ、ヨシノスギ、ヤクスギなどの呼称もあるが、植物学的には同一種で、和名をスギと統一されている。
スギ花粉症はSらにより一九六四年に地史的にみると、スギはいまから約二○○万年以上も前の、まだ温和な第三紀鮮新世の日本に出現し、氷期であった第四紀洪積世を生き抜き、沖積世後氷期で、いまから四五○○〜一五○○年前の時代にもっとも繁栄した。
いまの屋久島のスギはその繁栄時代の遺存である。
現在、世界でスギ科は九属に分かれ、太平洋をめぐる地域に分布している。
まず、スギ属、したがって植生、気候、地理などから、おのずと原因花粉は決まってくる。
日本は南北に長い地理により、スギをはじめとして原因花粉産生植物も多く、いまでは五○種類近くにもおよんでいる。
職業的に扱うと発病しやすい原因植物はすべて虫媒花粉を産生するが、虫媒花粉でも特殊な環境下では、花粉は空中に飛散し、花粉症の原因になることがある。
ハウス栽培でのイチゴ花粉症や人工受粉作業で起こるリンゴ花粉症、ナシ花粉症などがそのよい例で、職業性花粉症とよばれている。
日本のスギをはじめとして、北アメリカ東南部のラクウショウ属、北アメリカ西部のセコイヤ属とセコイヤデンドロン属、華中、華南のグリプトストローブス属、メタセコイヤ属、タィワンスギ属、コウョウザン属、オーストラリアのタスマニァのアスロタキシス属の九属である。
スギ以外に、メタセコイヤとコウョウザンが日本の各地で植栽を見ることができるが、そのほかは見本樹程度にしか見られない。
スギの雄花芽の分化期は六月下旬から九月下旬で、二月上旬ころまでに花粉は成熟する。
雌花芽も雄花芽に少し遅れて分化、形成される。
開花期は生育地域、気象、樹種の性質、枝のなかでの雄花芽の位置などによって差がある。
通常、西日本では二月上旬から花粉が飛びはじめ、東北北部では四月上旬になり、開花期間は各地方とも二〜三か月続き、飛散のピークは飛散開始の約一か月後に認められる。
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